いよいよ物語は核心へと突入します。13年にわたる「迷走」に終止符を打つのは、ある化粧品メーカーの執念が生んだ科学の光でした。
2013年・反撃のマンダム|13年の冤罪を晴らした「ジアセチル」の発見と後頭部の真実
「アベノミクス」が合言葉になっていた2013年、40代の悪臭の真犯人もついに特定された。
2013年。
この年は、日本の40代男性にとって「歴史の転換点」として記憶されるべき年です。
長く続いた「空白と冤罪」の時代。
どれだけ耳の裏を洗っても、高価な石鹸を買い込んでも、なぜか晴れなかったニオイの霧。
その正体を、ついに化粧品メーカーのマンダムが突き止めたのです。(*1)
彼らが名付けた新しき敵の名。
それは「ジアセチル(ミドル脂臭)」。
この発見こそが、男たちの孤独な戦いを「根性論」から「精密な科学」へと昇華させる、記念碑的な一歩となりました。
2013年のパラダイムシフト:加齢臭石鹸が効かなかった「真の理由」
それまでの加齢臭対策の常識は、音を立てて崩れていった。
それまで全てのニオイの元凶とされていた「酸化」とは全く別のプロセスが、40代の体で起きていたからです。
「酸化」から「発酵」へ
マンダムの研究チームが暴き出したのは、あまりにも意外な真実でした。
■50代以降の加齢臭
皮脂という油が空気に触れて古くなる「酸化」プロセス。
■40代のニオイの正体
汗に含まれる乳酸が皮膚上の菌によって分解・加工される「発酵」のプロセス。
両者の違いを簡単にまとめるとこうなります。
- 加齢臭(50代〜)
- 原因:皮脂の劣化による「酸化」
- ニオイの質:枯れ草、古い本、ろうそくのような乾いた香り
- ミドル脂臭(40代〜)
- 原因:汗に含まれる乳酸が菌によって分解される「発酵」
- ニオイの質:使い古した油、放置された古い雑巾のような、強烈な不快臭
研究者たちの凄まじい執念
この真実に辿り着くために、研究員たちは552名もの男性の体臭を、合計800時間以上もかけて直接嗅ぎ分け続けました。(*2)
その狂気とも言える「鼻」による捜査。
この執念の果てに、従来の加齢臭とは明らかに一線を画す「使い古した油のようなニオイ」を、科学の言葉で証明したのです。
13年間の答え合わせ:なぜ、男性たちの努力は裏切られたのか
臭いと言われ続けた日々に差した一筋の光。
この科学的発見は、13年もの間、出口のない迷路を彷徨っていた男性たちへの、何よりの「免罪符」となりました。
■実らない努力の原因が判明
なぜ、市販の加齢臭対策グッズでは解決しなかったのか。
その理由はあまりにも簡単な事でした。
狙うべき敵が違っていた。
ただそれだけの事でした。
■体質や努力の問題ではなかった
手元にあった武器(ノネナール用石鹸)が、目の前の敵(ジアセチル)を倒すためのものではなかった。
ただ、それだけのことだったのです。
男性たちの目に宿る希望の光
この「原因が違っただけだ」という確信。
これまでの敗北感を洗い流し、もう一度自分に自信を取り戻すための、強力なエネルギーに変わっていきます。
「洗っても無駄な体質なんだ…」
こう絶望に満ちていた男性たちの目に、再び希望の光がともりました。
正解を知った事で、男性たちは異臭の原因だったジアセチル対策を始めていきます。
そこにあったのは「正しく対処すれば臭いを消せる」と言う希望でした。
聖域崩壊。加齢臭の戦場は「耳の裏」から「後頭部」へ10cm移動した
資生堂が作り上げた「耳の裏」という絶対的な聖域。
しかし、2013年に科学が導き出した答えは、その信仰を根底から覆すものでした。
■耳の裏の支配が終わった日
マンダムの研究が明らかにしたのは、ジアセチルが最も濃密に発生するのは耳の裏ではなく、「後頭部からうなじ」にかけてのエリアであるという事実でした。(*3)
皮肉なことに、男たちが鏡の前で念入りに磨き上げていた耳の裏は、40代のニオイの主戦場ではなかったのです。
10cmの移動がもたらした勝利
これまでの洗浄ルーティンを、わずか10cm後ろへ。
たったそれだけの、しかし決定的な移動が、男たちの夜を変えました。
後頭部とうなじを徹底的に洗浄する。
この科学的根拠に基づいた「戦術の微調整」によって、男性たちはついに、朝起きた瞬間に漂うあの「枕の絶望」から解放される切符を手に入れたのです。(*4)
ここから40代男性が悩みぬいてきたニオイ対策は一気に進化していきます。
「デ・オウ」という破壊的黒船|化学のマンダム vs 物理のロート、40代臭「二極化」の衝撃
すべてを薙ぎ払うニオイ対策の黒船の襲来。
マンダムが緻密な「成分特定(化学)」という外科手術のようなアプローチで挑んでいたその裏で、2013年、もう一つの巨頭が戦場へ乱入しました。
それが、ロート製薬が送り出した「デ・オウ」です。
■ロート製薬の殴り込み
彼らが持ち込んだのは、緻密な理論を飛び越えた、圧倒的な「物理的殲滅」という思想でした。
マンダムが菌の活動をスマートに抑え込もうとする手法。
それに対し、ロート製薬は「理屈はいい、とにかく全てを吸い取って消し去れ」という、まさに黒船来航のような破壊的インパクトを市場に与えたのです。
「特殊吸着炭」による初期化
ロート製薬の武器は、毛穴の奥のニオイの元まで根こそぎ奪い去る「特殊吸着炭」でした。(*5)
この力技とも言える洗浄力は、長年蓄積されたニオイに絶望していた男性たちから熱狂的な支持を受けます。
菌を黙らせる「化学」
ニオイを奪い去る「物理」
世の男性たちは、この二つの最強の盾と剣を手に入れたのです。
時は2013年。加齢臭の命名から実に13年が経過していました。
戦略の対比
マンダムが「特許成分による抑制(化学)」を掲げ、ロートが「吸着・殲滅(物理)」を掲げる。
2013年という同じ年に、40代男性向けのニオイ市場は、全く異なる二つの正解を持つ「二極化時代」へと突入しました。
言葉の敗北、ビジネスの勝利:マンダムの「トロイの木馬」戦略
40代男性が気にしていた臭い、その正体はジアセチルでありミドル脂臭。
正確には加齢臭ではありませんでした。
ですが現代のドラッグストアを思いだしてください。
40代向けのジアセチル対策。
50代からはノネナール対策。
こう分かれている所はあまり見かけません。
どこも「加齢臭」で一括りです。
ではジアセチル対策は一体どこに行ったのか。
ここにはビジネス戦略の勝敗と、マンダムの極めて高度な戦略の方針転換がありました。
マンダムが挑んだ13年の間に固着した加齢臭のイメージ
膨大な労力の果てにジアセチルを発見。
マンダムは科学の勝利を宣言しました。
「敵はノネナールではない」と宣言した過去
2013年の「ミドル脂臭」発表時、マンダムは明確に「加齢臭(50代〜)とは別物である」と定義。
30〜40代のターゲット層に「あなたの悩みは加齢臭(ノネナール)ではない」と教育しようとしました。
しかし、彼らの前には「資生堂」という巨大な帝国が13年かけて築き上げた、あまりにも強固な言葉の壁が立ちはだかっていたのです。
既に「おじさんのニオイ=加齢臭」という認識は不可侵の「一般名詞」として定着。
「対策すべきはノネナールではなくジアセチルだ!」
こう声高に叫ぶも、世間の認識はそう簡単には変わりません。
「加齢臭」と言う言葉はあまりにキャッチーで。
そして一般への浸透からあまりに時間が経ちすぎてしまっていたのです。
あえて「加齢臭」を名乗るマンダムの極めて高度なビジネス戦略
そこでマンダムは、ジアセチル(ミドル脂臭)だけでなく、ノネナール(加齢臭)や汗臭まで「40代からのニオイを全部まとめて解決する」というトータルケア訴求へ舵を切りました。
高度なビジネス戦略
「加齢臭」という検索ワードや世間のイメージを否定せず、あえてその懐に入る。
「加齢臭にも効くし、実はそれ以上の(他社が言っていない)ジアセチルにも効く」という、最強のポジショニングを確立した点にあります。
あえて「加齢臭」と反発しない。
加齢臭対策すらも内包する。
ある種の力技で、ジアセチルへの対策を維持したまま、加齢臭のカテゴリに自らの居場所を築き上げました。
40代男性を救うという「実利」を取ったのです。
マンダムは自社製品のパッケージに、あえて宿敵の言葉である「加齢臭対策」の文字を刻みました。
「誇り高き屈服」という名の救済
これは、敗北ではありません。
「トロイの木馬」戦略です。
これにより、マンダムは「加齢臭」という強力なワードを借りながら、自社の強みであるジアセチル対策を市場に浸透させることに成功しました
加齢臭を治したいと思って手に取ったそのボトル。
表の看板は世間の誤解に合わせてありますが、その内部には「本当の敵(ジアセチル)」を秘密裏に仕留めるための特許成分が、ぎっしりと詰め込まれています。
敵の本丸であるノネナール対策と同じ土俵に入り、そこで自らの武器であるジアセチル対策も兼ねる。
内側からのシェアの奪取を狙う戦略に打って出たというわけです。
加齢臭の枠の拡大
今なお学術的な定義では加齢臭とはノネナールを指します。
しかし、一般的な認知で言えばノネナールもジアセチルも一括りに加齢臭として扱われる事が増えています。
言ってしまえばこれはジアセチルとの混同ですが、マンダムが一般認知に向けて最適化したと取れる高度なビジネス戦略の結果だと言えます。
2014年「スメハラ元年」:ニオイがマナーから「人権」へ
「スメルハラスメント」が流行語に顔を出した2014年。
ニオイは「好み」から「権利」になった。
40代以降の独特な臭いへの対策方法が確立。
これで安心して眠れる夜が来た…そう思ったのも束の間。
世間はそれまで以上にニオイに敏感になっていきます。
その象徴的なワードが「スメルハラスメント(スメハラ)」です。
ニオイのハラスメント。
ニオイは他者の権利を侵害する「目に見えない暴力」へとその定義を書き換えられたのです。
悪臭と言う名の暴力
それまで「おじさんのニオイ」は、どこか家庭内での微笑ましい悩み、あるいは個人の嗜好の範囲内として扱われてきました。
しかし、スメルハラスメントの誕生で世界は一変します。
ニオイが「身内の恥」というプライベートな問題から、職場の環境を破壊し、「他者の生存権を脅かすハラスメント」へと社会的に再定義。
圧倒的速度で得た市民権
スメルハラスメントはこの年の新語・流行語大賞にノミネートされるほどに瞬く間に市民権を得ていきます。(*6)
マンダムが2014年に行った調査によれば、「職場の男性のニオイで仕事に集中できないことがある」と回答した女性はなんと6割を超えていました。(*7)
もはやニオイは、個人の自由ではなく、周囲のパフォーマンスを奪う「公害」として、冷徹にジャッジされる対象となったのです。
瞬く間に市民権を得たスメハラ。
これが恋愛市場に与えた影響を見ていきましょう。
恋愛市場の「死にゲー」化:パスポートなき男に明日はなし
清潔感は「加点」ではなく「前提条件」になった。
この価値観の変化は、恋愛という名の戦場を、一瞬のミスも許されない「死にゲー(難易度の極めて高いゲーム)」へと変貌させました。
「愛嬌」から「社会的拒絶」へ
女性が口にする「生理的に無理」という言葉に、救いの余地は一ミリも残されていません。
それは、「社会的な死」を意味する無慈悲な宣告。
ニオイ対策が出来ていなければ清潔感がないとみなされ、容赦なく足切りされる対象になっていきます。
清潔感という名の「OS(基盤)」
ニオイを含めた「清潔感」はもはや恋愛市場における最低限の前提条件。
恋愛市場に立つためのパスポートです。
加齢臭含めた不快感を伴うニオイが問題視される社会にあって、恋愛市場でも同様にニオイ対策は極めて重要な項目として扱われるようになっていきます。
- 三高(高学歴・高収入・高身長)
あれば選ばれる理由になる「ボーナス」 - 清潔感
なければ土俵にすら立てない「参加資格」
2014年当時は、「三高は確かに魅力的だが、清潔感がなければ三高ですらゴミ箱行き」という残酷なルールが確立された時期です。
2013年のジアセチルの発見で、やっと40代特有の臭い対策が出来るようになった。
なのに世間は今まで以上に厳しくなった…。
男性たちは恋愛市場で勝つためではなく、恋愛市場に立たせてもらうために自らのジアセチルと戦う事を強いられていくのです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
敵の正体は、酸化ではなく「発酵」によるジアセチル。
洗うべき場所は、耳の裏ではなく後頭部。
正解が白日の下に晒されたことで、私たちのニオイ対策は、当たるかどうかわからない「博打」から、確実に結果が出る「ルーティン」へと姿を変えました。
しかし、科学が全てを解き明かしたということは、同時に「言い訳ができない時代」の幕開けでもあったのです。
【最終回予告】2020年代、清潔感は「OS」へ。
1999年から始まった25年の歴史も、いよいよ現代へと辿り着きます。
- 清潔感は「マナー」を超えて、人間関係の「OS(基盤)」へ。
- 特許開放により、1,000円で「科学の加護」が買える黄金時代の到来。
- この過酷な戦場で、あなたが手にするべき「最後のパスポート」とは?
最終回、第3部。
歴史と科学を味方につけたあなたに、逆転劇のフィナーレをお届けします。
- マンダム・ニュースリリース(2013年11月):「30〜40代男性特有のニオイ『ミドル脂臭』の原因物質が『ジアセチル』であることを特定」と発表。
- マンダム白書(2013年11月発表):552名の男性の体臭を800時間以上かけて解析。汗の乳酸がブドウ球菌によって代謝され、ジアセチルが生成される「発酵プロセス」を世界で初めて解明しました。
- マンダム・体臭発生部位マップ:20代〜50代を対象とした部位別ニオイ強度調査。ジアセチル(ミドル脂臭)が後頭部からうなじにかけて集中的に発生することを、サーモグラフィと熟練の臭気判定士による評価で特定しました。
- 「枕のニオイ」の正体:2013年の同社調査において、40代男性の枕に染み付いたニオイの主成分が、加齢臭ではなくジアセチルであることを科学的に確認しています。
- ロート製薬プレスリリース(2013年3月):男性向けボディケアブランド「デ・オウ」発売。「吸着・除去」をコンセプトに、ベンナイト(薬用炭)を配合した物理的洗浄アプローチを提唱。
- 2014年「新語・流行語大賞」ノミネート:「スメルハラスメント」が選出。
- マンダム「働く女性のニオイ意識調査(2014年5月)」:働く女性の約6割が、男性のニオイが業務の障壁になっていると回答。

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